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50歳からのアニメ

国際化したアニメを昭和世代から再評価してみます。

昨日見たアニメ(暁のヨナ、トリニティセブン)ネタバレ有り。

昨日見たアニメ

暁のヨナ 第3話 遠い空
前回エンディングの後、戦うヨナのシーンで終わっていたので、どんな展開になるのだろうと思っていたら、しっかり原作どおり、逃亡シーンに戻っている。久し振りに見る原作の良さを殺した最低のアニメだななんて思いながらY監督さんを調べて見たらほとんど情報がない。どういう展開にするつもりかは知らないが、時間調整のためだけなら、話をあまり飛ばさないで欲しい。
もう少し読者目線で、展開考えて欲しいなと思いつつ....

今話は森の中に逃亡し気力を失ったヨナを守るハクの思い出、3年前ヨナ姫専属の護衛となったエピソードと、ヨナ姫が子供の頃三人で遊んだ記憶とスウォンへの忘れられぬ想い(恋心)が分かる展開となっている。

暁のヨナの原作コミックは第3巻まで、「期間限定でない」無料なので、一度ダウンロードさえしてしまえば、無料が廃止されても手元に残る。Kindle無くてもiPadiPhoneでも閲覧ソフトさえインストールすれば見られる。これを機会に試してみてはどうだろうか。


Amazon.co.jp: Kindle無料アプリ


②トリニティセブン 第3話 魔道士と錬金術
いきなり南の島でバイトしている春日アラタ、リリス、アリン等。オープニングの後、やっと前回からの続きに入る。崩壊する学園を救ったのはアラタの新たなる力、すっぽんぽん魔術だった。
魔道士の用件を備えたアラタ。聖を取り戻す方策を考え行動を始める。
ハッキリ言って、中二病言葉について行けなくて、「何言っているかさっばりわからん。」状態。原作コミックも読んでてよく判らなかったが、アニメでもやっばり分からない。
ゼロの使い魔」的雰囲気を感じるが、「ゼロの使い魔」は三銃士が元になっているので、言葉が理解できなくても、展開について行けないということはなかった。(ゼロの使い魔は原作小説全巻を持っている。作者のヤマグチノボル氏が帰らぬ人となったため、この作品の完成型をみることはできないが、サラリと読めるこの作品に今でも多くのファンがいることは理解できる。)

さて、トリニティセブンが理解できない原因に七つの大罪に対する私のイメージがある。
トリニティセブンではアラタの力を「書庫」は傲慢(スペルビア)、「テーマ」は支配(インペル)なんて解説しているが、カッコよさげな言葉を並べただけじゃないのとツイ思ってしまう。七つの大罪キリスト教における人間の原罪だとされているが、私は人間の本質を現している要素だと思っているので、こんな使い方をされては言葉が軽すぎると感じてしまう。
pixivの百科事典に良い説明があったので紹介する。

七つの大罪 (ななつのたいざい)とは【ピクシブ百科事典】

ちなみに、私が見たアニメで「七つの大罪」という言葉が最初に使われていたのが
犬とハサミは使いよう」原作小説(2011.2.18)アニメ(2013.7〜)
でこちらは純粋に本を取り扱っていて、きちんと言葉の意味を考えているので違和感はなかった。

秋アニメにもうひとつタイトルそのものが「七つの大罪」というのがあるが、こちらは、今のところ、キャラの性格に合わせた単なる「二つ名」として使われているようなので、(将来、何故「七つの大罪」という言葉が使われたか宗教的に発展させられる可能性はある)ストーリーを理解できないということにはならない。

七つの大罪(1)

七つの大罪(1)

結論「トリニティセブン」は単なるエロアニメだ。